インタラクティブセッションレポート人生の決断を後押しする
“Back to Basics”
基本にもどろう
(2018年7月30日開催)

MODERATOR 飛鷹全法高野山高祖院住職 Profile

1972年生 東京出身
東京大学法学部卒。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程中退。
専門は比較日本文化論、南方熊楠研究。大学院在学中より、ITベンチャーの立ち上げに参画、ソフトウェアの開発に携わる。
その後、株式会社ジャパンスタイルを設立、国際交流基金等の事業で、中央アジア・中東・カナダ等で津軽三味線や沖縄音楽を始めとする伝統音楽の舞台制作を行う。
2007年より経済産業省主催の海外富裕層誘客事業(ラグジュアリートラベル)の検討委員に就任。
現在、高野山高祖院住職、高野山別格本山三宝院副住職、地域ブランディング協会理事。

GUEST 竹中平蔵アカデミーヒルズ理事長 Profile

ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。博士(経済学)。
著書は、『経済古典は役に立つ』(光文社)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎)、『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)、『研究開発と設備投資の経済学』(サントリー学芸賞受賞、東洋経済新報社)など多数。

はじめに

「未来自分会議」第5回は、アカデミーヒルズ理事長で大学教授や研究者など様々な顔を持つ竹中平蔵をゲストに迎えました。歳を重ねても決断を恐れない軽やかさと、自分の軸をぶらすことのない強さが飛鷹氏との対話のなかで垣間見えます。自分の仕事のつくり方に悩む人に捧げられた数々のアドバイス、じっくりご覧ください。

小さな決断の積み重ねが、マイストーリーになる

飛鷹
<事前インタビュー>を読んだ方から、人生において大きな転換期でスイッチングすることの重要性は理解できても、自分にとっていつがその転換期なのかを客観的に気付くことは難しい、というご意見が多くありました。竹中先生自身は、50歳で小泉純一郎(元首相)さんからの入閣のオファーを受けるという決断をできたのは何故だったのでしょうか。
竹中
あの瞬間、私は大好きな谷村新司さんの「階(きざはし)」という曲を思い出しました。「時が来れば 野を駆けても 行かなけりゃ 行かなけりゃ 悔やむ気がする」という歌詞です。それに通じるのですが、小学校で侍の武士階級の誕生というのを習った時に、「侍は一朝事あらば馳せ参じる。それが武士である」という言葉を知りました。子供心にすごく感動し、そういうことが将来自分にもあったら良いなと思っていました。そんなことも思い出しながら、歌の歌詞に乗るような気持ちで意思決定をしたように思います。
飛鷹
つまり、いつか「一朝事あらば」のように、人生を大きく決断して転換させるタイミングが起こり得ると想定されていたのでしょうか。
竹中
そういうドラマチックな人生を生きたい、という思いはありました。だから今思うとそういう瞬間はウェルカムだったのでしょう。後から娘が「よくそんな無責任な決断をしたもんだ、家族を残して」と言っていましたが、自分としては割と自然に決めた感があります。
飛鷹
皆さんお仕事をされていて一歩踏み出す時、まず脳裏をよぎるのは家族のことだと思います。自分はリスクを負ってでもやりたいが、周りの人間に迷惑をかけられないと。それでも大きな決断ができたのは何故ですか。
竹中
いくつか要因はありますが、私は自分が生きたいように生きたかったし、家族も自分を理解してくれていると信じていました。信頼関係というか、最後の最後には自分の意見を受け入れてくれるだろうという思いがありましたね。
飛鷹
日々の生活の中で、家族や周りの人間に自分はそういう人間だということを理解させておくのも大事なことだと思いますね。
竹中
人にはそれぞれ「マイストーリー」があると思うんですね。その瞬間瞬間は決断に確信を持っていたわけではなくとも、その積み重ねを後から振り返ると一つのストーリーになっている。谷村新司さんも「今は歌を届けることが自分の仕事だと思っている。でも考えてみたら最初にギターを握ったのは、女の子にモテたかったからだ」と言っていました。スタートがどうあれ、やがてたくさんの人を感動させることにつながっているんですね。

感動を通じて、自分自身を知る

飛鷹
前回の<インタビュー>で、先生はご自分の人生を生きるにあたって「感動」を重視するとおっしゃっていました。改めて考えると、それは自分自身に一番立ち返っている瞬間かも知れませんね。自分自身の心に素直になれている。自分が本当に好きなことを見出しにくくなっている世の中において、感動は自分自身を知るプロセスで非常に大事なのではないかと感じました。
竹中
おっしゃる通りですね。だからアートってすごく重要だと思うんです。私が好きなアートは音楽ですが、この年になっても夜中に音楽を聴いて涙を流しています。感動が次に進む原動力になっています。
飛鷹
密教には「如実知自心」という言葉があります。実の如く自心を知る、つまり自分の本当の気持ちを見つめましょう、という教えです。空海の出発点であり、彼が目指したものです。宗教に限らず、芸術、政治そして学問も追究していくと、たどり着くのは自分自身が何であるかということだと思います。皆いろんな紆余曲折や感動を経験しながら、己を知ろうとするのだと思います。
竹中
皆知らない間に裸で泣きながら生まれ、ひとりで死んでいくわけですが、せっかく与えられた命です。その間に素晴らしい経験を沢山したいし、自分は限られた人生の時間の中で一体何をしたいのか、そういうことに向き合いたいですよね。私も今でも、自分は何がしたいのか、今後どうするべきかを考え続けています。

基本に立ち返る内的時間が、強さにつながる

飛鷹
自分が今後どうしたいかと考える時、人の話を聞いたりネットで検索したりするのも大事かもしれませんが、最終的には自分自身の基本的な心に問わなければならない。先生の著作を拝読して印象的だったのは「Back to Basic」という言葉でした。物事が非常に複雑になった時に原点に返る、そういう心の持ち様は小泉さんや先生ご自身も原則的にされているのですか?
竹中
小泉さんもですが、プロ野球の松井選手もイチロー選手も皆そう言っていますね。また、最先端のテクノロジーの研究・開発で世界トップを進むMITメディアラボは、インターネット隆盛後の時代に何が重要かということについていくつか標語を掲げています。その中に「Compasses Over Maps」(地図よりも羅針盤)というのがあります。地図はすぐ変わってしまう、だから確たる羅針盤を持っている方が強い、というメッセージです。かつて私たち日本人は人生の地図を持っていたはずでした。偏差値の高い大学、一流企業に入り、そこから取締役になって人生ハッピーというような地図です。でも今は一流企業でも倒産する変化の激しい時代。役立たずな地図のせいで路頭に迷ってしまいます。だからこそ、重要なのは現在地を知れるコンパス、つまり基本に立ち返るということです。人生で言うならば自分は何をしたいのか、そして自分はどんなスペシャリティーを持っているのか。そういう基本を備わっていれば、会社が潰れても怖いものはありません。
飛鷹
基本を備えるためには何が必要でしょうか。
竹中
時間です。無駄な時間を過ごさず、自分自身の内面やスキルを育てるための時間を持つことは、コンパスを持つことにつながるのではないでしょうか。私が宴会や会議をよく抜け出すのも、そのためです(笑)。会社を辞めようかと悩んでいる人がなかなか踏み出せないのは、おそらくコンパスがまだ無いからでしょう。いつ辞めても良いと思えるようになるための準備には、一分一秒でも貴重です。
飛鷹
用意をしておくためにも、自分が自由であることの条件が何であるかということを、自分で認識している必要がありますね。
竹中
大好きなチャップリンの言葉に「夢と勇気とsome money」というのがあります。Big moneyがあるに越したことはないけれど、no moneyじゃ無理なんです。Some moneyだと。これも準備の大切さを表していますね。
飛鷹
大きな決断をする前に自分自身に立ち返るということがまず重要で、同時に自分自身であり続ける条件をどう自分でマネジメントするか、ということがセットでなければいけなというのがポイントですね。

質疑応答

【質問】
働き方改革で労働時間が規制されることで、仕事で突き抜けるキッカケまでも失われるような気がしています。我々はどう対処すればいいのでしょうか?
竹中
自分の人生で何をしたいか、そこにフォーカスすべきです。多分60、70歳になっても自分探しというのは終わらないと私は思っています。成し遂げたいという気持ちの強さが、外部環境に左右されない強さを生みます。今の若い人達は少なくとも私たちの時代より恵まれていて、いろんな選択肢、情報がある。まずやってみてはいかがでしょう。一歩踏み出す勇気ってすごく重要で、ダメだったら次に進めば良いんです。これからは長寿社会ですから、尚のこと時間が沢山あります。
飛鷹
社会が流動化している時代は、新しくアクションを起こすハードルは低くなります。立ち止まったり引き返したりしてもいいんです。自分を知るということは永遠の問いかけであって、明確な自分の姿はそう簡単に100%見えるわけではありませんから、そのタイミングごとに自分のやりたいことが変わるのも、ある意味正しいのかもしれません。
竹中
あと、メリハリも重要です。若い頃に読んで以来影響を受けているのは、上智大学の教授だった渡部昇一さんの『知的生活の方法』に書かれている「リリース」です。人生について真面目に考え過ぎると疲れが溜まってしまいますが、そんな時にはフワッと自分をリリースする時間を持ってください。<インタビュー>では自分を空っぽにしてみてはとお話しましたが、リリースして空っぽになるから再び心地よい緊張感を持て、初心にも立ち返れます。渡部さんは漫画にも素晴らしいリリース効果があると仰っていますが、私は関西人ということもありお笑いにリリース効果を感じています。
【質問】
仕事や日常生活の中で、予想外の自分の悪いところに出会った経験はありますか?また、どう乗り越えたら良いでしょうか?
竹中
何かひとつのことをやると2つ3つ問題が出てくるものです。それが社会であり人生だと思います。でもその時にどう考えるかが重要。アランの『幸福論』に「悲観は気分である。しかし楽観は意思である」という一文があります。つまり自分の意思で楽観的に自分をコントロールすることが重要なのです。人は放っておいたらネガティブになりがちですが、自分の意思でポジティブになれます。もうひとつのアドバイスとして、本当に辛いことは信頼できる人に話すこと。すごく効果があります。自分で抱えないで家族、友人、パートナーに話すだけでスーッと楽になる。しかも話す相手は明るい人に限る!スマイルズの『自助論』で、成功した人は「ひたすら努力する」、そして「ひたすら明るい」この2つを兼ね備えているとありますね。勤勉さと快活さ、重要な要素です。
【質問】
タイムマネジメントをする上で大切にしていることは?
竹中
「腑に落ちる」という言葉がありますね。これはすごく重要で、ひとりでいろいろ考えて「そうだ!」と思う瞬間を持つ機会が少ないと、何となくフワフワと人生が終わっていくのかなと思うんです。小泉さんとの食事会で、「リーダーになったら沢山決めることがあるから、多くの人の意見を聞いたほうがいい。でもその時に何も返事するな。持ち帰れと。そして自分一人で決めろ」と言っていたのが印象的でした。小泉さんは実は無口な人で、いつもずっと「うんうん」と聴いているんですが、あれは腑に落ちることを探しているんですよ。総理というのは孤独を味わう仕事。社長もすごく孤独でしょう。でもその孤独に耐えて、腑に落ちることを自分で探していくんです。
飛鷹
社長に限らず、皆どうやってその時間を確保するかという工夫が必要になりますね。
竹中
だからタイムマネジメントはすごく重要。総理や大臣の秘書官の仕事は「仕事を入れない時間をいかに作るか」だと思う。そうしないと良い仕事はできないですよね。
【質問】
物事には適齢期というのはあるのでしょうか?
竹中
早く花を咲かせる人もいれば、遅い人もいます。やる対象によって適齢期も変わってくるし、条件によっても変わってくる。だから未来志向を持つことはすごく大事です。近代日本を代表する政治家・尾崎咢堂(行雄)は90歳の時に「人生の本舞台は常に将来に在り」と言っていました。人生のピークや適齢期というのは、自分自身の気持ちの中でも作るものだと思います。
飛鷹
生物学的に何年生きたかというのはある意味社会的時間であり、自分自身に立ち返ってどういう内面的な時間を過ごしたかというのは、人によって全く差異があります。キャリアやどう決断するかという問いには、誰にでも当てはまる公式的な答えというのはありません。そういう意味では、タイミングが自分自身の中に来ていると実感できるのなら、それを自分の中で適齢期だと認識しても良いのではないでしょうか。

登壇後コメント

飛鷹
今回はご参加の皆さんからの質問に答える時間を多く設けました。少しずつ答えを積み上げることで、思考が整理されたり気持ちが落ち着いたりして、浄化していくような有意義な時間感覚がありました。何より感激したのは、質疑応答が笑顔で進み、過去5回のなかで最も明るい雰囲気が会場にあったということ。途中でアランの「楽観は意思である」を引用なさっていましたが、竹中先生自身が快活さを意思によって体現し、人との良い関係性を築いていることに大きな学びがありました。また、ご自身の経験や人との縁の中で感じたこと、本から学んだことを多彩な切り口でお話いただけたのも素晴らしい機会でした。普段の経済学者とは異なる一面を見ることができた点も、今日の場を特別なものに変えました。参加者の皆さんにとっては、たとえ今確信がなくても、今という時間の積み重ねがじわりじわりと自分の精神や底力、基本を形作っていくのだという自信を持つことができたのではないかと思いますし、そういう後押しをできるセッションだったなら嬉しく思います。
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